右脳と左脳 -今という永遠と過去と未来という概念-

「理解し合えないこと」を疑問や苦痛に思う人はとても少ないです
多くの人が理解し合えないことに疑問を持ちません
理解し合えないことが苦しいことだと認識していません
理解し合うことができたら、きっとみんな幸せだと思うのに
誰もそれができないことに疑問を持ちません
だから、理解し合えないことは苦しいことだということに気付いてほしいです





脳の機能や作用について
脳は右脳と左脳という対立する二つに分かれています
この右脳と左脳は繋がってはいますが、実質的にそれぞれが
別の機能を持った二つの脳です
よく「右脳派は直感的で芸術的」「左脳派は理論的で数学的」などと言われますし
多くの人がこれを信じているし、今の現代ではこれは常識であろうと思います

おそらく多くの人が
脳は知覚(五感から得た情報)で抽象的な芸術などは右脳が処理し
逆に実利的な理論や計算は左脳が処理していると思っていると思います
これは少し違います

脳は知覚された情報をまず右脳で受け入れます
そのときの情報は何一つ整理されていない、すべての情報が一つに統合された状態
それは光、それは音、それは温度、それは味など、それらの意味を持たない
なにも概念化されていない状態の情報を右脳は受け取ります
ただありのままを屈折することなく直で受け入れるのが右脳です
そしてこの何一つ分けられていない統合情報を、今度は左脳が選り分けます
左脳は統合されたままの情報をそれぞれの五感に選り分けそれを整理します
整理したあとにそれらを記憶として保存し、それが何であるかという意味を付け加えます
これにより記憶の中に保存されるときにこれは光、これは音、これは温度、これは味など
「概念化」されて現実世界の物理的脳が意味として成立し左脳が理解できる形になって
記憶として保存します。
左脳はこの概念化して保存された記憶をもとに理論的にそれらを組み立て現状を把握し
そしてその記憶という過去情報をもとに未来予測をし、そしれそこから行動を算出します

右脳が直感的と言われるのは概念化する前の状態の情報を受け取っているからで
左脳が理論的と言われるのは概念化した後の状態の情報をもとにして思考するからです

わたしたちが未来と過去と読んでいるものは
左脳が概念化してはじめて生まれます
この過去という情報と、それを元にして左脳が予測する未来という情報
左脳はこの保存された情報とそれによる予測という思考をします
左脳は、過去と未来しか処理できない脳です

ですが、過去と未来というものは時間のすべてです
誰しも一度くらい考えたことがあると思いますが「今ってどんなとき?」と
疑問にしたことがあると思います
一秒前は過去、一秒先は未来ですが、0.1秒前も過去で0.1秒先も未来です
これを突き詰めると今という時間はどこにも無いことになりますが
でもどこまでも突き詰められるのでやはり今は存在しなければなりません
ですが今という時間が限りなく小さく短くどこまでもいけます
左脳は過去と未来を作り出し、それで思考をします
右脳は、今を感じる脳です
右脳は左脳が概念化する前の情報、その本来の姿をありのまま受け入れる機能を持ちます
この「ありのままの姿の情報」を「今」と言います
この今という情報を選り分けて過去という概念かされた情報、左脳により概念という意味を与えられた情報をもとに
左脳が作り出した幻想が未来です
今というありのままのものの、それから生まれた二つの側面を過去と未来と言います

右脳が直感的というのはこの、左脳が概念化する前のありのままの情報
つまり左脳によって湾曲(概念化)される前のありのまま(答え)の状態を知覚するからです
右脳というものは物事をありのまま、誤解することなく真実を真実として受け取ります
右脳はすべてのものを答えそのものとして受け取ります
それは迷いや疑念を差し挟む余地の無い真実(事実)だけです

ですがそれは人間の肉体では理解できない高次元の概念であり
そのままだと肉体を持った生物の生存活動には使用できないために
左脳によって選り分けて理解できる低次元概念(肉体と同等のレベルの概念)にされて
記憶として保存されその肉体を意地するための情報として活用されます

これが右脳と左脳のちがいです




たまに瀕死の状態や脳死状態から復活した人で
「天国を見た」などと言う人がいます
これは本当にたくさんの人がその体験をしていて
脳科学者や医者や研究者など、その手のオカルトめいた天国などを鼻で笑う人達ですら
一度その体験をしようものなら手のひらを返して「たしかに天国はあった、私は見た」などと
言ってしまうくらい多くの事例があるものです

このときこの人たちが見た「天国」と呼んでいるものの正体が
右脳が受け取っている「ありのままの情報」です
瀕死の人や脳死状態の人がこの状態になるのは
左脳の機能が極端に低下することで起こります
左脳の能力が低下すると左脳は機能しなくなり、情報の概念化がされません
概念化されないということは統合されたままの本来あるべき姿の情報をそのまま感じることになります
五感に分けられていたものが一つのエネルギーの奔流として捉えられるようになります
概念化されないので過去が消滅します、過去が消滅するので未来が消滅します
過去が消滅したことによりその人からは「過去への後悔」という概念も消滅します
未来が消滅したことによりその人からは「未来への不安」という概念も消滅します
一切の悩みが完全に消滅、というより左脳によって作られたこれらの空想(後悔と不安)
が本来の姿に戻ります、その姿を「真実」と言います
今という一瞬の永遠の中で真実のみと対峙したときの状態は
すべての悩み苦しみから解放されたまさに天国とも思える精神状態です
これがいわゆる「臨死体験による天国」の仕組みです

この天国(真実)と対峙することを意図的に行う方法を「瞑想」と言います
多くの人が瞑想というのをただ集中してなにも考えず座禅を組むなどと思っている
かもしれませんが、それは見た目だけのことです
瞑想というのは、意図的に左脳の能力を低下させることで
ありのままの真実を見ることを目的として行います
このとき低下させる脳の部位が「さまざまな境界線を知覚する」機能を持つ部位です
この脳の器官は自分とそれ以外、これは物、これは人、など「これはこれ、同じものじゃないもの」
という物事に境い目を作る機能を持った部位で、これの機能を低下させることで
あらゆる概念を消滅させて本来右脳が受け取っているありのままの情報に触れる
ことで疑念の無い真実(悟り)を導くということです
簡単に書いていますが、これができる人間は世界でも極々わずかです


よく右脳派は直感的で理論を越えて答えに辿り着くなどと言われたりします
女性は右脳派が多く、女性の勘は当たるというのもこれらに由来します
なにせ左脳による理論と計算というまわりくどいことをせずに
直接答えだけを見るのですから当たるのは当然ですv
ですがこの直感も、多くの女性は直感を受け取ったあとにそれを左脳で概念化して
直感そのものを疑ってしまうのでまたその人達は迷うことになるのですが。。。



情報の本来の姿は統合されたものです
過去と未来というものは左脳が概念化したことにより生まれた幻想です
この過去という後悔と、未来という不安が、人の苦しみのすべてです
ですがさきに書いたように、過去と未来は幻想です
本当に実在しているのは今だけです
今というときに過去も未来も内包されています
今というときは過去と未来という視点から見ると存在しません
今という視点から見ると過去と未来は存在しません
過去と未来という時間軸からは絶対に到達しえない概念を『永遠」と言います
今=永遠というのはもはや現代では常識になりつつあります

理解し合いたい、というのは自分をわかってほしいという欲ではなく
相手との間にある、自分と相手を区別している境い目を消したいという想いです
個でいることが苦しいから、ひとつになりたいという願いです
左脳の仕組みで本当に人間が生きているならば
過去という苦悩の積み重ねから、絶望という未来の予測しかできません
なのに人は未来に希望を見たいと強く願い、あがき、生きていきます
左脳の仕組みだけでは世界は絶望にしか見えません
そこに希望という過去からはありえない予測を見るのは
本来の統合された事実の情報が希望そのものだからです
絶望とは希望という事実が概念化され湾曲された姿です
右脳が見ている事実は、この世界には希望しか存在していないという真実です
これが答えであり絶対不変のものだと人間は右脳で直感として受け取っています
どれほど左脳がそれを疑おうと、右脳が直感している事実を変えることはできません
すべてが統合されたその真実の奔流の中で、すべての生命はつながっています

理解し合いたいと、たとえ気付かなくても、みんなそう思っています

みなそれを知っているからです






























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