自分を信じて、誰かを信じる

自分を信じて、誰かを信じる

多くの人が自分を信じません
自分の深い場所から来る声を信じません
信じないから、聞こえていても無視してしまいます
無視してしまえば聞こえていないと同じです

多くの人が自分は正しいと思っています
でもその正しいと思っている自分という概念は
実のところは自分というものではなく
まわりの想念というものに影響された感情です
善意も悪意もまわりに影響を与えます
善意があるところには善意の想念が
悪意があるところには悪意の想念が響きます
想念は意志を持ちませんが影響力を持ちます
感情に響く影響力を持ちます
これを一般では社会の空気と呼びます
多くの人がこの想念の影響に動かされます
強い自己、強い意思を持った人はこの想念の影響を受けません
その逆に想念のフィールドを作り出す側になります
それが善でも悪でもどちらでもです
多くの自己を持たない(気付かない)人はこの想念に影響を受けます
家族の想念、友達の想念、まわりの人の想念、社会の想念
この想念から作られた自分を自分だと思いこんでいる人が多数です
人は自分ですべてを選んでいるようで、ほとんど流されます
選択がある時点でそこには想念が存在します
どちらにしようか、どうするのが一番良いか、どれが一番自分にとって得か
それを考えている時点でそこに自己はありません
それはまわりの想念の影響で揺らぐ感情です
本当に自分の意志で選んだものは、そのたった一つの道しかありません
そこに選択肢は無くなります
まわりの影響、想念からの影響が響かなくなります
それは意志というものが想念というものより繊細で小さくかつ大きな波だからです
意志というものは小さい粒子のようなものです
想念はそれよりもずっと大きな粒子です
大きな粒子でできた想念の隙間を意志の粒子をすり抜けます
想念の粒子は大きいため雑な粒子です、意志はそれより小さく繊細な粒子です
大きい網に小さいものは捕らえられないように、意志は想念の影響を受けません
意志からすれば、想念というものは存在しないも同じです
また逆に想念からすれば意思は存在しないも同じです
ですが意志はより小さい粒子なので想念に影響を与えることができます
人間と宇宙線の関係に似ているかもしれません
人間からは宇宙線は見えないし感じませんが
宇宙線の影響は確実に、そして深く人間に関わっています

感情からくる恐れは自己ではありません
意志からくるそれが自己です


人は人を疑います
気持ちはとてもよくわかります
傷付きたくないというその人の心の叫びも痛いほどわかります
傷付けられて、心が痛い思いをして、それをもう二度と味わいたくなくて
たくさん努力して、自分を守る鎧に身を包んで、それでも不安だから
他人が自分を攻撃できないように、先に他人を攻撃できるように武器も持つ
少しでも自分に何かしようとする相手に先に攻撃して黙らせる
それを繰り返す、ずっと、誰も信じずに

家族がいても、友達がいても、たくさんの人に囲まれていても
その人は誰のことも信じていません
自分の鎧の中から外を見るだけで、誰にもその本当の姿を見せません
もういまさら自分の本当の姿など見せられない
それどころか、もう自分ですら自分の姿を忘れてしまって
この鎧を着込んだ姿が自分だと、思い込んでいます
自分が強い人間だと信じていないから、その鎧を脱げません
自分を信じていないから誰かも信じられません
それが苦しくて、本当の自分からも、本当の誰かからも目を逸らします
目を閉じて何も見ないで、ただ不安に流されている
それはとても苦しいことです


自分を信じられる人は素直で強い人です
なにがあろうと自分は自分なのです
自分は自分だから、誰かも誰かでいいと思えます
自分と誰かが違うことを楽しめます
自分と違う誰かの意見も、そういう風にあなたは見るんだねと
まるで新しい窓を見つけたように喜べます
そして、私の窓も見てほしいとその誰かに言えるのです
自らの道がそれ一つしか無いと、自分の道しか無いと知っています
自分の目を信じられるから、誰かの目を信じられます
自分の目が信じた人を、同じように信じられます



鎧を着こんで、いつも怯えて、誰かを脅かして、でも誰かに傍にいてほしくて
でも自分のことは見てほしくなくて、嫌われるのが怖くて、傷付くのが怖くて
否定されたくなくて、警戒して、逃げ道も確保して、いつも万全の体勢で
絶対に負けないと意気込んで、、、、でもさびしくて

その鎧は誰も脱がせることはできません
あなたが自分で気付いて、自分で脱ぐ以外にありません
怖いだろうと思います、長年着ていたそれを脱ぐのはさぞ怖いと思います
でも、その鎧を脱いだ本当のあなたを待っている人間がいることを
どうか思い出してください、信じてください
その鎧を脱いだらきっとあなたのまわりの人は驚くでしょう
奇異の目で見る人もいるかもしれません、上手くいっていたことが
上手くいかなくなることもあるかもしれません
でもその鎧を脱いだあたなを待っている人がいます
出会ったそのときに、あなたの鎧ではなく、中のあなたをすぐ見つけた人がいます
あなたの本当の姿を、あたなの本当の美しさを、すぐ気付いた人がいます
あなたならその人を幸せにできます
その人はあなたを待っていました
あなたもその人を待っていたと気付くはずです
鎧を脱いではじめて、きっとあなたは思い出すでしょう
自分の中に溢れるばかりの愛がいっぱいだったと
ずっと欲しいと思っていたものがそこにあったと
そこにあると知っていたのに、認められなかったものが
さも当たり前のようにあなたの胸にあるでしょう

あなたはきっと、迷わずそれを待っていたその人に手渡します

ここから先をどう言葉にしていいか

境い目が薄くなることを、きっと感じるでしょう

世界がこんなにも広大だったと気付くでしょう

この道こそが自分の道だと気付くでしょう

これだけが本当の自分だったときっと確信します

その意志があなたです

その待っていた人があなた自身と同一のものだときっとわかります


自分を信じるということは、誰かを信じるということ
それはその人が自分自身だと思い出すことです
あなたの孤独や痛みは、その人の痛みでもありました
あなたがその人を救ったから、あなたはその人に救われたと
確信できるものが、そこにあります

信じるとはそういうことです

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