ゆきおおかみ少年 - じょうおうのもり -

彼はずっと洞穴を下っていきました
途中から少しずつ穴は小さくなっていき
あれほど広かった洞穴は端から歩いて十数歩ほどになっていました
さらに横道の穴がいくつも見えるようになりました
彼は横穴には入らず、ただ坂をまっすぐと進んでいきました

彼の目は半びらきでどこかうつろでした
気付くと口からよだれをたらして歩いていました
ひどく頭の中が痛いと思いました
いたい、いたい、いたい、彼は低くうなり声をあげていました
お腹もすきすぎてギリギリと痛みました
歩くに歩けません、でも這いつくばって少しずつ進んでいきます
彼の目は血走り、目も口も半びらき、よだれをたらしたまま這いつくばっていました
苦しさに怒りが湧き上がりむやみやたらにまっくらな穴に向かって声をあげます
手で土をめちゃくちゃに掘り起こし、土壁に体を何度も打ちつけました
ガラガラになった声で低くうなりさけびながらころげまわっていると
坂が急になり彼はそのままころげていきました
ごろんごろん、ぐるんぐるん、がつん、ごつん、どんどんごろん
ごっろごろどっぐっずっでんっぐるんっがっでざががががーん
いきおいはどんどんついてとまりません
体を打ちつけながら彼はころげおちてゆきます
でも体がいたいと頭の痛みを忘れられるようでした
のこぎりで弦をひくような叫び声をあげながら
彼は自分からまっさかさまにころげ落ちてゆきました

ながいながい時間ころげおちました
長かったのか短かったのか、正直よくわかりません
頭の痛みはまだずくずくと残っているようでした
これだけのことがあっても彼は意識が途切れることなく眠ることはありませんでした
ボロボロで横だおれになったままうっすらと細い目で彼は景色を見ていました
土の壁はうすぼんやりと黒く赤く光っているようでした
暗い光が土壁や地面をおおっているようでした
彼は陰鬱な気分のままのっそりと立ち上がり土壁によりかかりました
よりかかった体にも暗く赤く光る粒のようなものがついていました
土壁や地面が光っているのではなく、その粉が光っているようでした
でも彼にはそんなことはどうでもいいことでした
眉間にしわをよせ、血走った目で前をにらみつけながら
彼はまたずるずると歩きはじめました


どれくらい歩いたことでしょう、彼はふと甘い臭いに気付きました
濃い甘い臭いが強烈に奥からながれてきているようでした
洞穴はいつのまにか横幅も高さも数歩ぶんくらいになっていました
黒赤く光る壁を天井まで見てみると、そこにはむき出しの根が生えていました
根は奥に進むほど増えてゆきいつのまにか天井から壁から根だらけでした
根もまるで枝のように垂れ下がり頭のすぐ上ほどまで垂れています
よく見るとその根には実のようなものが生っていました
臭いはその実からするようでしたが彼の手では届きそうにありません
飛んで届かないか試そうかと思いましたが
頭のいたみと体のいたみでそんな気もおきませんでした
ぼーっとした意識で彼はいたみに耐えるのでていっぱいでした
彼はそのまま先に進んでいきました
するとなにか音か気配のようなものが聞こえます、息遣い、なにかを食べているような音です
よっく目をこらすと壁際に影のかたまりのようなものが見えます
その影のかたまりも彼に気付いたのか動きが止まりました
その影はじっと彼を見ているようでした
彼もその影ぞじっと見ていました、身動きひとつしませんでした
その影は人でした、ぼろきれのような服を着た人でした
人の手にはさっき見た実が握られていてそれを食べているようでした
彼はしばらくその人を見たあと、その人とは逆側の壁際をゆっくりと歩き去りました
歩き去るあいだ人はずっと彼を見ていましたが、通り過ぎたと思ったらまた食べ始めました
ガツガツガツガツ、さっきとまったくおなじように音だけが響いていました
歩いていくと同じような人がひとりまたひとりと見えました
みな天井の根から生えている実を食べていました
彼が通ることに気付く人もいましたが気付かず食べつづけている人もいました
歩けば歩くほど人の数は増えていくようで
ふと洞穴が横に大きく広がっていることに気付きました、天井の高さは変わらず
横にひろくひろく広がっているようでした
下へ続いていた道もいつのまにか平坦なものでした
人の数もどんどん増えてゆき壁際から真ん中まで見えるだけでたくさんいました
彼はその人たちを避けるようにして進んでゆきました
その人たちにとって彼がどうでもいい存在であるように
彼にとってもその人たちはどこか関係の無い存在のような気がしていました
すると横に広がっていた洞穴はさらに大きく広がりとてもとてもひろい場所に出ました
もうどこからどこまでが端だかも見えないほど広く
でも天井はさっきより少し高いくらいで一面にさっきの根と実が生っていました
そしてそこには、もう数え切れないほどの人がいてさっきの実を食べていました
がつがつがつがつ、くちゃくちゃくちゃくちゃ、もぐもぐごくん
みな一心不乱に食べています、食べ終わったらまたもいで食べ始めます
ひろがる景色すべてがそれでした
彼はこんなにたくさんの人を見たことがありません
山の麓の村でもこんなにたくさんの人は見ませんでした
あまりの光景に彼は絶句してまるで置物のようにそこに動けずにいました
そうしていると少し遠くから騒がしいような声が聞こえてきました
赤黒く地面も天井も光ってはいますが、そこは広過ぎて遠くは見えません
彼は人の群れの中を避けながら声の方にゆっくり向かいました
声が近づいてくると、それは人の男の声で怒鳴っているようでした
その人の男は怒鳴りながら木の棒のようなもので自分のまわりをバシンバシンと叩いていました
「ここは私の土地だ!誰も入るな、入るんじゃない!不法侵入だぞ
私の土地の物は私の物だ、だからこの土地の実はみんな私の物だ!
そこの奴、足の先が私の土地に入っているぞ、そうやって私の土地を奪う気だな
土地は渡さないぞ、私の物だ、だから私の土地に生る実も私の物だ!誰も入るな、近づくな!」
その人の男のそばにはたくさんの実が山のように積まれていました
その実のいくつかはもう腐っているようでぐしゃぐしゃでしたが
その人の男はそんなことはおかまいなしに叫びつづけていました
彼はその人の男が何を言っているのかよくわかりませんでした
そうしていると彼の背がつんつんと叩かれました
振り向くとそこには痩せた人の男が座ったまま彼をつついて言いました
「あそこの男はなぁ、自分のまわりにいた奴らを叩き出してあんなこと言ってんだ。
でも、、、ほら上を見てみろよ。生っている実は一つ、もいだらまた生るが
それでもひとつだ、場所が広ければそのぶん実が多く取れるわけじゃない。
そこに一人いるならひとつしか実は生らない、そういうもんなんだよ。
そんなことにも気付きゃしないであんなことしてんだぜ、なぁ、あんなことしてんだぜ」
痩せた人の男は嬉しそうにそう話しながら実をちびちびとかじっていました
「なぁ実が取れるわけじゃないんだぜ、なぁ、実が取れるわけじゃないんだぜ」
痩せた男は同じことを何度も言っては嬉しそうに実をかじっています
「でだ、でだ!この実はどうあったってひとりにつきひとつしか取れない。
俺にはまぁあるんだけどな、あるんだけどさ。あるからいいんだけどさ。
お前、無いよな?無いよな?お前の上には実は無いもんな。
困ったな、腹が減ってるんじゃないのか?でもお前の実は無いよな?
困ったな、困ってるだろ?なぁ困ってるんだろう?」
彼はそれをただ聞いていました、やはり何を言っているのかよくわかりませんでした
痩せた男はさらに詰め寄るように彼に話しかけてきます
「教えてほしい?どうやったら自分の実がもらえるか教えてほしい?
おい、なんとか言えよお前!口がきけねぇのか。おいなんとか言え!」
痩せた男は口調を粗くして彼に詰め寄りますが
彼は痩せた男がなにを言っているのかわかりません
その場を去ろうとした彼に、痩せた男は
「なんだよ、教えてほしくねぇのかよ!あ~あせっかく教えてやろうと思ったのになぁ!
教えてやろうと思ってたのになぁ、教えてやろうと思ってたのになぁ
あー美味い、ほんと美味いなぁ、でももう教えてやらねーよー!」
と笑いながらまた実をちびちびとかじっているようでした
彼はそんなことよりもまだずぐずぐと痛む頭の痛みの方が気になっていました
するとまた誰かが彼の背に触れました
そっちを向くとそこには人の女がまた座っていました
女は暗い面持ちで彼を上目遣いで見ていました
「あっちの方には近づかない方がいいです。あんなことを言っていますが
あの男は教える気なんてないのです。あなたをバカにしたいだけなのですよ」
女は彼の耳の近くで小さなヒソヒソ声でそう言いました
「とてもたくましい体をしているのね、りりしいと思うわ。
ここにいる男どもはみんな下賤で品の無い男ばかり」
女はそう言うと自分の持っている実を彼に差し出しました
「あなたの実はないのね、いいわ私のをはんぶんこにしましょう。
どうすれば自分の上に実が生るようにするかは誰も知らないの
気付いたらそうなってるっていうのがほとんどなのよ
あなたの実は、、、やっぱり無いようね」と根の釣り下がった天井を見ながら女は言いました
彼はただ女が喋っているのを聞いていましたが
やっぱり女が何を言っているかはよくわかりませんでした
女は彼の首を手をまわして抱き寄せました
「大丈夫、はんぶんこにしても実はまた生るわ。はんぶんこにしましょう
大丈夫、安心して、大丈夫よ。私が守ってあげるわ」
そう言うと彼に実を食べさせようとしました
彼ははじめて間近で実を見ました
うっすら黒赤い光に照らされた実は二つの実がくっついたようないびつな形をしていました
そのいびつな形にまたいびつでちいさな手と足がまるまってくっついています
それはまるで生き物の赤ん坊のように見えました
彼はとっさに実から顔をそむけました
「なに?どうしたの、大丈夫よ。美味しいのよ、はんぶんこにしましょ、はんぶんこ」
女は少しおろおろとしながらそう言いますが
彼は女の手をくぐり抜けるとそのままゆっくり歩き始めました
「なに?どうしたの?ねぇ、何か言ってよ!ねえったら」
女はかすれそうな声で彼に言いましたが
やっぱり彼にはそれが何を言っているのかわかりませんでした
しばらく歩くと後ろの方で女がかなきり声をあげているのが聞こえるような気がしました

彼は実を食べる人の群れの中をなるべく触らないよう歩きました
ときおり話かけられたり叩かれたりしましたが、そのまま歩き続けました
さまざまな人がいて、実を分け合って食べている人たちがいたり
奪い合って食べている人がいたりしましたが
それも数人の小さな集団でおこっていて
分け合っていてもすぐに別れたり、争っていてもすぐおさまったり
誰も結局はすぐひとりになって実を食べていました
実を食べながらバラバラにしてなにかを調べている人もいたり
実を食べずにずっとお祈りをしたり大声で何か喋ったりしている人もいたり
でもみんなの上に実は生っていましたし
誰もその実の下を離れようとはしないようでした
頭の痛みはまだずぐずぐとつづいていましたが
彼はまた彼女のことを少し思い出していました
目をあけると頭の痛みは少しやわらいでいました

彼はまわりをなるべく見ないようにして歩き続けました
まわりを見ると頭のいたみが増すような感じがしました
彼はなるだけ考えずただ歩き続けました
横に広い洞穴はいつまでもつづきますが
見える景色はほとんど変わりません
彼はひどく疲れて、とても体が重いように感じていましたが
それでも歩き続けました
彼には誰の言葉もわかりませんでした

とおくに星のような光がうすぼんやりと見えていました
横を見るとヘビがいてその光を見て、そして彼の方を見ました
ヘビはとてもおだやかな顔をしていました
光もヘビもそこにはいませんでした
彼はその光の見えた方へ、ヘビの見ていた方へただなんとなく歩き始めました

しばらく歩くと地面の根がまるで草のように生えているようになりました
根が波打つように生えています、天井から生える根もさらに伸びたようでした
まるで根っこの森のようだと彼は思いました
そんな中にも人はいてやはり実を食べています
ですがふと気付くと、人らがあまり騒いでいません
彼がすぐ横をとおりぬけてもまるで気付かない風でした
いままでの人は食べるのに夢中で気にしないか
気付いても無視するか、またまれに話しかけられたりちょっかいをだされたりでした
でもこのあたりの人はまるで動きません
夢中で実を食べているというふうにも見えませんでしたが
でもその人らも口だけはゆっくり動き実を食べているようです
よく見ると、地面から生えてる根が人を押し上げていて
天井から生えている根も実が人の口までとどくように下がっているようでした
まわりを見るとみんなそうでした
波打つ根とつり下がる根がうっそうとした森を彼は進みました
もう動いて騒いでいた人たちの音は聞こえません
たまにゆっくりと実をかじる音、根と根がすれる音がするくらいでした

ほとんど動く人のいない根っこの森を彼は進んでいきます
根っこはもう動かなくなった人を包み込んでいました
包み込んでいるというよりも
人が根っこに埋もれているようだ、と彼は思いました
もう前に進むにも根っこが邪魔でなかなか進めません
彼は体で根っこを押しやるようにかきわけていきます
すると突然ひらけたような場所に出ました
ひらけた場所に大きな大きな穴がうっすらと見えます
近づいて底を覗いても見えません
穴の壁を見るとそこにはたくさんの根っこが張って網の目のようでいて
その根っこは穴の真ん中に集まって大きな幹になり、穴の真ん中に浮いています
その幹からは上側にも根っこが伸びていて根っこが幹を浮かせたまま支えているようです
大きな穴に大きな幹があり、うねるように根っこがまわりに向かって伸びていっています
いままでの根っこはどうやらこの幹からすべて伸びているようでした
彼がその大きな幹を見ていると何かがきしむような音が聞こえてきました
暗くて静かな洞穴の中でその音は大きく響き、次第に音が増えていきます
風も吹いていないのに根っこが揺れて、そして動いています
彼の足元の根っこもゆっくり波打ちながら穴の方へ動きはじめました
彼は思わず根っこの上から飛びのきましたがそこにも根っこがあり
彼は根っこの波にのまれないように何度もピョンピョンと飛び跳ねました
うねる根っこの中にさっきまで動かないでいた人たちが見えました
動かない人たちは少しも動かず根っこの波にのまれて見えなくなっていきます
根っこは波打ちながら大きな幹の下側へ吸い込まれていくようでした
彼はピョンピョンと飛び跳ねながらそれを見ていました
少しすると根っこのうねりがおさまってきて、音もやんできました
根っこはゆっくりと動かなくなり、やがてピタリと止まりました
まるで何も無かったように音ひとつ無い場所に戻りました



動かなくなった根っこの上で彼はたたずんでいます
すると突然すぐそばからささやくような声で
「誰かと会うのはとてもひさしぶりなことです」と聞こえました
彼は突然の声に顔を上げあたりを見回しましたがそこには誰も見えません
あるのは根っことその幹だけです
動くものはどこにも見えませんが
「おぉ、ゆらめく火よ。どこを目指すのですか?」
とまた声が聞こえました
ふと振り返るとそこ根っこの上に石の塊のようなものが乗っかっていました
それはよく見ると石のフクロウでした
さっきまで動いていた根っこの上にあったとは思えませんが
たしかにそこの根っこの上に乗っかっています
「どこを目指すのですか?」
たしかにその石のフクロウから声が聞こえてくるのですが
声はまるで目の前でささやかれているような不思議な感覚でした
「石フクロウ殿、彼は先に進むことを望んでいます。女王陛下にそうお伝えください」
と、となりにいたヘビが答えていました
彼はなぜここにヘビがいるのだろうと思いましたが、あまり気にしませんでした
「先とはどこですか?」
「彼の進む先です」
「彼の進む先とはどこですか?」
「彼がこれから進んだ先です」
石フクロウの問いにヘビはたんたんと答えます
石フクロウは少しの間黙ったあと
「女王さまは聞いておいでです。私はそのお気持ちをお伝えするだけ」
「わかっています」
ヘビと石フクロウは真正面に向かい合ったまま話しています
ですが彼はその声がまるで中空から声が発しているように感じていました
そのことになぜか彼はとくに疑問を持っていませんでした
「この先に進むには女王さまのお力が必要です」
「わかっています」
「あなたの声は女王さまへ届くでしょうか?」
「わかりません」
「ではあなたは先に進むことはできませんね」
「いいえ、彼はこの先へ進みます」
「あなたではないのですか?」
「いいえ、わたしは彼の意思を代弁しているだけのヘビです。
ですが彼の一部であるという点は誤解ではないでしょう」
たんたんと会話を続ける石フクロウとヘビに彼はあっけにとられてしまいました
石フクロウとヘビの言っている言葉はわかりますが、でもやっぱりよくわかりません
彼のことを話しているのにおいてけぼりを食っているようでした
そわそわとしている彼にヘビが急にこっちを向いて話しかけました
「私ばかりに喋らせるな。きみも何か言え!」
唐突に話をふられた彼をヘビと石フクロウが見ていました
彼は別段ヘビが言うように先に進みたいわけではありませんでしたが
かといってここにずっといたいわけでもありませんでした
ここには食べるものもあり、暗くて眠るには良い場所なのですが
彼が探していた場所はこういうところではなかったように思っていました
彼には戻るという気持ちはまったく湧いてきませんでした
「君は本当に顔に出るな」
ヘビは呆れた顔で彼を見て、舌をチロチロとさせています
石フクロウの方は黙ったまま根っこの幹の方を向いていました
「石フクロウ殿、この穴の先に行った者はどのくらいいるのですか?」
その質問に、石フクロウはいつのまにかヘビの方を向いていて
「ほんの少しです」と答えました。
「ほんの少しということは少なからず先駆者もいるようだ」
とヘビは彼を見て言いました
「夜空の星の数よりは少ないはずです」
ヘビは目を丸くして石フクロウの方へきゅるっと向き直り
「それは、、、少ないのですか」と聞き返すと
「少ないです」と石フクロウは答えました
ヘビは少しあっけにとられた後に
「君も夜空の星の仲間入りだな」と呆れた顔で小さく彼につぶやきました
「女王さまはお許しになっていません」
石フクロウがそう言うと、ヘビは石フクロウへと向き直ります
「では他の者たちはどうやって許されたのでしょう」
石フクロウはなにも答えません
ヘビもただじっとして石フクロウを見ていました


彼が見るとそれは石フクロウの肩のうしろにとまっていました
それはゆらめきながらぼんやりひかっていました
光はとてもゆっくり明滅しながら石フクロウの肩から腕へとおりていき
腕から手へ指先へとゆっくりつたうようにおりて
彼女の指先から流れるようにころがって
とてもとてもとてもゆっくりと根と根の間をすりぬけながら
真っ暗な穴の底へと落ちてゆきました
彼はさっきの場所から一歩も動いていないのに
穴の底までしっかりと見えていました
気付くとちょうど幹と穴の間に浮かんでいました
振り返ると、さっきまで石フクロウがいた幹の上に彼女が座っています
びっくりした彼は声を出そうとしました声が出ません
彼女は幹の上に座り誰かと話をしているようでした
手を伸ばそうとしましたが手がありません
そこから動くこともできません
彼は声にすらならない声で叫び上げていました
彼は自分が泣いていることには気付きませんでした
そのとき彼の首のうしろにじわりとした熱を感じました
誰かの手が彼の首のうしろをゆっくりとなでるように触っています
それはとてもとても心地よく彼の意識は消え入ってしまいそうでした
彼はとてもゆっくりと力いっぱい振り返ります
そこは燈赤色の強い光でほとんど何も見えませんでした
光で何も見えないなか石フクロウの声で
「ここから先は戻れません、振り返ってはいけませんよ」
と遠くから聞こえてきました
「大丈夫、ありがとう」
と耳元からヘビの声が聞こえました




うすら暗い洞穴の中で
彼は大きな穴の上に浮いている根っこの幹と向かい合っていました
そこは音ひとつしません、ヘビも石フクロウもいませんでした
彼はまた大きな穴から下を見てみました
すると根っこが何本も交差しながら穴の下へ下へと伸びていました
根っこをつたっていけば穴の下へ降りてゆけそうです
彼は根っこの幹を見上げて、しずかに目をつむりました
彼はこうべを下げてから、根っこにゆっくりと足を下ろしました
彼は大きな穴を根っこを足場にゆっくりと下ってゆきます
彼はもうお腹はすいていませんでした、眠気もそれほどしません
ただ雪山で夜空を見ていたころの彼でもありませんでした


大きな穴をゆっくり降りてゆく青白くゆらめく火を
根っこの森の女王は見送っていました

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック