ゆきおおかみ少年 - さそいほたる -

彼はまだ穴を掘っていました
したへしたへ、ふか~くふかく
ただ掘っていました
なんにも考えないで掘っていると
お腹が減っていることも忘れることができました
ただ目の前の土を掘りました
急がず、考えず、ただただ、ただただ
ずっと掘っていました

まっくらで狭い穴の中はとても居心地がよかったのですが
最近になって彼は広い場所に出てみたい気持ちになりました
なにがしたいというわけではないのですが
ちょっと広いところに出てみたいと考えるようになりました
そのとき
さっきまで目の前にあった土の底が突然抜けました
彼は頭を下にして、手で掘っていたのでそのまままっさかさまでした
まっくらな中で大きな声をあげながら彼はおっこちていきました
ドスン!と彼は土の上に落ちました
どのくらい落ちたのか長かったようで短かったような、そのくらいおっこちました
そこは広い場所でした
まっくらで何も見えませんが、まわりを触ろうとしても地面しかありません
でもまっくらなので彼はそれがどのくらい広いのかよくわかりませんでした
彼は声を上げました、声は遠く響いて吸い込まれてしまいます
とてもとてもとても広い穴のようです
彼はそこでぼーっとしていました
広い場所に出たかったのでそれをたっぷり堪能していました
何の音もしない広い穴の中でずーっとぼーっとしていました
風も流れない、音も返ってこない、そんな穴の中で彼は
これであと星空が見えたらいいのに、とそう考えていました


まっくらのなか
彼の目は、ただずっと前だけを見ていました
前?上?後ろ?どこでしょう?
ただじっとそれを見ていました
気付くとそこにふんわりとした何かが見えていました
もともとそこにあったような気がします
近い?遠い?よくわかりません
届きそうなくらいに見えるようで
でも届かないようなふんわりとした
うっすらとそれは光っていました
ただじっと、ただじっと見ていると
それは明滅していました
しろ、きいろ、あお、あか、とう、みどり、あい、むらさき
さまざまな色に変化しながら明滅していました
まるで星空の星のようだと彼は思っていました
近くで見てみたい、そう思うとそばに近づいていきました
ふわーっと近づいていきました
体がまるで無いかのように軽くふわーっと近づいていきました
目はその光をずっと捉えたまま、少し上にふわーっと浮かぶように
彼はそれに近づいていくのですが光は変わりません
ふわっとした光は遠くにあるような近くにあるようなところにいます
彼は近づこうと一生懸命進もう進もうとしますが進みません
顔を必死になって突き出していますがまったく前に進まないのです
彼はふと気付きます、あぁ体が無いからだと

そのとき、すぐ右側に小さな白い光が二つあることに気付きました
ぎゅっと首をまわしてそっちを見ると
「あぁ気付かれてしまったね」
と少し甲高い声で、そして少し残念そうな声が聞こえてきました
その白い二つの光はゆらゆら揺れてこっちを見ていました
「気付かれてしまっては仕方ない、これでおしまいだ」
そうするとシュっと音がしてそこに火が灯りました
その火の点いた細く小さなものをすっと拾いあげて
それは透明の入れ物の中に火を灯しました
それはそれはとても小さな小さな橙の光でした
そこには一匹の蛇がいました
「で、君は見ていたんだろ?」
彼はあっけにとられたままでした
「あぁわけがわからないという顔だね、すまなかった。
ここは昔は大きな木の根っこがあったんだが
火山の噴火で木だけ焼けて無くなってしまってね
溶岩はそのまま固まって穴だけが残って洞穴になってるんだ」
まわりと見ると小さな灯火にうっすら照らされて洞穴の壁が見えます
「大きいだろ?根っこがこの太さだったんだから幹はどれほどだったんだろうねぇ」
蛇はケラケラと笑いました
「で、君は何を見ていたんだい?どんなものを見ていたんだい?
もう落ち着いただろ?ほら手足だってちゃんとある」
彼は自分の体を見て、たしかにしっかりと体はありました
そして蛇は静かに、まるで何を見ていたのかわかっているような口ぶりでした
彼はさっき見ていたものをそのままそっくり話しました
「うんむ、、、。ありがとう」
そう言うと蛇は半目のままじっと考えこんでしまいました
しばらくして、蛇は
「で、君はどうするんだい?帰るのかい?ここからさらに下へ進むのかい?」
と彼に尋ねてきました
「どういう理由でここに来たかは聞かないよ、どうやって来たかもね
私はここに来る連中のことには興味は無いんだ
ただまれに君のようにアレが見える者もいる、わたしはソレに興味があるんだ
君は光を見たんだろ?浮いてる、そうさっきまで見えてたアレだ
今は見えないだろ?見ている間ちょっと不思議な感じだったろう?
見えた者はみんなそう言うんだ
私はそれが何なのかを調査している、私はソレを「さそいほたる」と名づけた」
彼は蛇の言うことをじっと聞いていました
「さそいほたるの特徴は
1、ぼんやりとした光である、よく見るとさまざまな色に明滅している
2、見ている本人にしか見えない、第三者からは見えない(つまりさっきのような私からは見えない)
3、見ているときは夢を見ているようなぼんやりした感覚になる
4、そしてさわれない、近づけない
だ。だいたい合ってるだろ?見た者はみんなそう言うからな」
彼は興味深く蛇の話を聞いていました
さっきまで光が見えていた方(それもはっきりしないのです)を見ても
そこには何もありません、なんだか記憶もあやふやでした
ぼーっとして夢でも見ていたのではないかと彼は思いました
「ここに来る連中はね、どいつもこいつも腹減りなのさ
おそらく君もそうなんだろう?
腹が減って仕方が無くてこんなところに来てしまったのか
だからそんな変なまぼろしを見るのか
だがね・・・さそいほたるはここに来た誰もが見るというわけじゃないんだ
ある一部の者だけがそれを見えるんだ
ここに来る連中は腹減りだ、腹が減って減って仕方が無いんだ
だがさそいほたるを見る者は腹減りだけど腹減りじゃない、そういう傾向がある
腹は減ってるんだろう、だがそれを忘れてるような者なんだ
ん?なんでわかるかって聞きたいのか
そりゃわかるさ、さそいほたるを見た者は全員が
私を見たあとにも、私を捕食しようとはしなかったからね。君もそうだろ」
蛇はそう言うとニヤリと笑いました

彼は蛇に他の者たちはどこに行ったのか尋ねました
「ほとんどの腹減りは下へ向かって行ったよ、食い物を探しにいったのかもね
さそいほたるを見た者は私と話したあとに、まぁ私から話しかけたんだが
下へ、まるでさそいほたるに誘われるように向かっていったよ
他の腹減りとはおそらく目的が違うのだろう
あと一部の奴は私をたまたま見つけて食おうとした
そういう輩は、まぁ今は私を動かす熱量となっているよ」
彼は蛇の言ってることは難しくてわからないこともありましたが
なんとなくわかるところだけしっかり聞いていました
そしてまた光のあった方を見て
それは洞穴の下へと続く方向でした
彼はなぜだか彼女のことを思い出していました
病気はどうなっただろうか、元気でいるだろうか
彼は蛇のありがとうと礼を言うとゆっくり立ち上がりゆっくり歩きはじめました
下へ興味があったわけでも、さそいほたるが気になったわけでもありませんでした
ただ戻るという気持ちにならなかっただけでした
少し歩いたところで蛇が呼び止めます
「・・・君、ちょっと。なぜ今私に礼を言った?」
彼は振り向き、そしてきょとんとしました
「今礼を言っただろう、なぜだ?」
彼は目をしっかと開いたまま考えました
なぜありがとうと言ったのか考えました
「私は私の目的のためにいる、君のために何かした憶えはない
私は君を助けてもいない、むしろただ観察をしただけだ
情報は与えたが君のためというわけでもない
正確に言うなら情報を与えたのは、その情報に君がどう対処するのか見るためだ
さそいほたるを見た者がどういう行動を取るのか
それを観察することでさそいほたるの正体を探る手がかりになると思ったからだ
私は私の目的のためにここにいる
だから礼をされることはしていない、なぜ礼を言った?」
蛇はまくしたてるようにそう言いました
彼は真剣に考えました
蛇の質問に対して真剣に考えました
蛇はそれをじっと見ていました
彼はせみのことを思い出して、蛇と会ったときとせみと会ったとき
同じような気持ちになっていたと思いました
そのことをそのまま蛇に話しました
彼にはわからないことが多いのです
蛇はじっと黙っていました
少し目をつむってから
「そうか、ありがとう」
と告げ、燈の光を吹き消しました
蛇と彼はそこで別れました

まっくらななか
彼はゆるい坂道を下へ下へとゆっくり歩いてゆきます
もう蛇の気配もしません
まっくらな中に彼だけです
彼は小さく息を吐き出します
そして吐く息を少しずつ増やしていきます
そこにゆっくり声をのせていきました
まっくらななか
彼の声がとおくたかくつよく、そしてながーく、つらぬき響きわたりました
ながくながーく、とてもとてもながく、ながく
すきとおるような声でした

蛇は横たわったまま涙をひとすじ流しました
蛇はもうそこにはいませんでした


彼はまたまっくらな中を、下へ下へとすすんでゆきます

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