宗教について第六回「心・意識② 生命について」

生きることについて

ビックバンから宇宙が誕生し、素粒子が生まれ、宇宙に法則が誕生し
そこから原子が生まれ分子となり、今現在の世界まで繋がっています。
その宇宙の法則は、その法則どおりに秩序を作り
その結果、物質が集合し恒星が生まれ惑星が生まれ
そして地球で生命が誕生しました。

そして生命は進化し、人間が生まれました。

私たちは生きています。
生まれ、生きて、死ぬ。そういう法則です。
でも多くの人が「なぜ生まれ」「なぜ生きて」「なぜ死ぬのか」を知りません。
考えてもこれはとても難しいことです。
なぜなら上記のとおり、生まれ生きることを解こうとすると
宇宙の起源の理由まで解明しなければいけないからです。
私たちの生命は宇宙の誕生から繋がっています。


宗教において多くの場合が、生きる理由を「神の国へ行くため」としています。
人は必ず死にます、そして誰しも死に怯えます。
必ず死ぬからその必ず死ぬ理由として「神の国へ戻るため」としています。
その神の国から生命は現世へ下ろされ、人間としてさまざまな経験を積み
自分自身と向き合い、学び、愛し、そして生命は神の国へ戻るのです。

こんな風に書くとまったくもって何の説得力も無い、科学的根拠も無い話です。
では無学ながらかじった程度の科学的知識ですが、それを使って説明していきます。

宇宙は無からはじまりました。
無、と言ってもそれは今現在のすべての有を内包した無、、、永遠というものです。
これはどういう世界かと言われると私もよくわかりません。
すべてが均一で、すべてが同じもので、すべての元が有り、でもすべてが静止している。
そんな感じなのかな、などと個人的に思っています。
ここに波がおきて、その永遠にある同じものが揺れます。
振動により波長ができ、形が変わります。
波長によってこの世界はこの形になっています。
元はみな同じものです、ただ形が違うだけ、それがこの宇宙です。

この世界をわかりやすく説明すると
一本の糸をぐしゃぐしゃに丸めて絡み合って絡みまくって一個の形になったもの、と言えます。
すべて解けばただの一本の糸なのです。
この絡み合った状態は安定しません、本来そういうものではないからです。
不安定なものは常にもっとも安定する形になろうなろうとします。
この世界はもっとも安定する状態から、不安定な状態になりました。
その不安定になったものが、必死になって安定する、、、もっとも幸せに感じる状態を求めてひもを解いていきます。
もっとも最初の状態、安定する状態、永遠に戻るために足掻いています。
これが人が生きる理由です。

すべての宗教が絶対的に言うことはただひとつ、「愛せよ」ということです。
幸せであってほしい、苦しまないでほしい、ということです。
誰も他者の不幸など望んでいません、苦しみたくなどありません、幸せでいたいのです。
ではなぜ愛し愛されたいのか、幸せでいたいのか?
私たち人間は地球上の生命で唯一宇宙の法則をその身体で表現した生物です。
わたしたちは、宇宙の子供であり、宇宙の写し身です。
ビックバンからすべての物質は生まれました。すでにそこに生命はあったのです。
生命はもっとも安定する状態を求めました。苦しかったのです。
すべてを解き、永遠に戻る道を探しました。
生命はそのひもを解くために進化をしています。
この「ひもを解く」ということが進化です。
そしてそれを促すエネルギーを「愛」と呼びます。
なぜ人が愛し愛されることを喜びとするのか、幸せと感じるのか。
愛のエネルギーは3次元のものではありません。
宇宙誕生前の最初の状態、永遠の姿こそが愛です。
それゆえに人は愛を求めます。そして愛は人を自由にし、真実に気付かせ、そして愛はひもを解くのです。
愛はひとつ成就するごとに宇宙のひもを解きます。
宇宙を終わりへと、苦しみを終わりへと導くエネルギーが愛です。

生命とは永遠であり、愛です。

生命とは、現実(三次元)でいう命とは違うものです。
物質的死とは、進化の一段階に過ぎません。
なぜならこの宇宙は11次元あるからです。
この11次元のうちの4次元以上の世界は素粒子レベルのさらに小さい世界にあると言われています。
宇宙誕生の最初がその最小の世界だったのですから納得がいきます。
この4次元以上の世界は精神の世界、、、精神という生命の一段階です。
精神の世界でも死はあります。それは三次元の死とはまったく別のものです。
生命はまたさらに進化します。さらに上位の次元に行きます。
生命はさらに進化します、そしてすべてが進化し終えたとき
宇宙は安定した永遠に、愛に満ちた状態に戻ります。

私たち人間は愛するために生まれて、生きていきます。
なぜなら私たちは、愛という永遠の生命だからです。


かなり駆け足で説明してきましたが
宗教において生きるということはこういうことです。
現代人の、おもに先進国の多くの人が「人生は一度きり、楽しまなくっちゃ損!」と言います。
では聞きます。「生きていて、本当に楽しいですか?」
お金稼ぎして楽しいですか?異性にモテモテで楽しいですか?
他人から喝采されて楽しいですか?快楽におぼれて楽しいですか?

何をしているか、ではないのです。
本当に愛したかどうか、このものさしだけが唯一のものさし。
これが宗教で言う生きる理由です。
愛するためにそこを選んで生まれてきました。
愛するために出会いました。
愛するために苦難に立ち向かい、愛するために命を使う。
勇気とは、愛することを恐れる自分に道を示す羅針盤です。
その羅針盤はまっすぐに愛を指し示し決して揺るぎません。
その勇気と呼ばれるものを、宗教では天啓と呼びます。
天の声、神の声、それは最小世界、高次元から意識を通して呼びかけられたひもを解くための智慧。
真のあなたである永遠が、この三次元のあなたに「こっちに来い、こっちだ!迷うな!」と叫んでいる声です。
この世に神はいません、いるのはただあなたとあなたの愛だけです。
そしてあなたの愛は、あなたの愛した人に捧げられるものです。

最高に楽しい人生とは愛のために捧げられた人生でしょう。
本当に愛は何度心に問いかけても何度でも同じ答えを返します。
むしろ問いかけるたびにより鮮明になっていくものです。
あなたの人生において、そのひもを解くことを諦めないでください。
もう一人のあなたは、それをずっと見ています。




ここまで宗教的とか書いておいてなんなんですが
私はこの世界のほとんどの宗教団体をとくに信じていません。
でもマザーテレサとダライラマ14世と今上天皇陛下は好きです。ミーハーですw(^∀^;)>

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