てんからっ第2話7P「おくさん」「でもどり」

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人の痛みはわかりません。
たとえば病気とか、その病気にかかったことがないと
その病気で苦しんでいる人の気持ちは汲み取ることは難しいでしょう。
痛みがわからないと、接し方もわかりません。
だからせめて、少しでもその相手の言葉や気持ちを
汲む努力を、すべきだったのだろうと思います。
静かに丁寧に、その言葉を聞くだけでも
それしかできないなら、それだけでもよかったのじゃないかと思います。

槙原敬之の「足音」という歌だったか
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消えそうになっていても ぼくには何もできないけど

キミがキミの火を守るあいだ ずっと待っているから

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という歌詞を聴いて、ふとそんなことを思いました。


人のことは、誰にも手助けなんてできないですから
その人を信じて待つくらいしか、ないのじゃないかと思っています。
でも、もし助けてと手を伸ばしてもらえたなら
大して何も手助けなんてできなかったとしても
やっぱり飛んで行ってしまうんだろうと思います。

今回の4コマに関係あるようで、べつに無いことです(^^;)
ウズメは可愛いおにゃのこですv

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この記事へのコメント

通りすがりの地球兄弟(弟)
2012年06月05日 00:05
コメントを読んでふと思ったことなどを。
人の痛みは「100%は」分からないかもしれません。
でも、80%とか、60%とかは理解できるかもしれません。
自分の理解の範疇がその「痛み」のどの程度の割合なのか、その溝をどうやって埋めていくのか、それを知っていくことが、知るために苦しむことが、本当の理解なんかもしれないな、なんて思いました。
安易に「人の痛みを理解できる」と言う人ほど自分のことしか考えてないことが多いように思いますが、「人の痛みは理解できない」と諦めてしまうのも、結局努力を放棄する=自分が楽になりたい、だけなのかな、なんて思います。
ヤザキ
2012年06月06日 00:15
はじめまして。
そうですね、努力の放棄は逃避だと思います。
神様でもない私たちにできることは小さくて、それでもできることをするしかないのでしょうね。
人の心の理を解く、こう書くと理解という言葉がとても重いものだとわかります。
理解が難しくても、簡単に痛みを和らげられなくても、好きな人には少しでも笑顔でいてほしいと思ってしまうものですよね。

知るために苦しむことが理解、地球兄弟(弟)さんは努力家な方なのだろうと想像してしまいましたv

貴重なご意見ありがとうございます。

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