恐怖を超えて

恐れとは、人の個性を作るもの
恐れこそが人の本質であり
恐れこそがその人の運命

恐れとは檻
自分を形作る檻です
恐れを乗り越えることが
自分を乗り越えることであり
自分という個性を壊し
本当の自分自身に辿り着く道です

人の記憶が恐怖のみで構成されていて
DNAが恐怖体験を遺伝させることによって
その苦痛を回避する手段を本能に刻みます
生物というものの本質が
恐怖です


満たされないことへの恐怖
傷付くかもしれないという恐怖
それが現実化する前に恐怖は襲ってきます
それは現実化していないのに
現実化などしてはいないのに・・・

恐怖は人の心を曇らせ
自分自身の真の姿を忘れさせます
自分自身を信じたい、愛したい、愛を分け与えたい
恐怖とそれから生まれる苦しみが
自分自身を包み込み、別のものに変容させていきます
恐怖は苦しく、苦しみは怒りを呼び、怒りは恨みとなって
人から自由を奪う個性となります
それを誰もが自分だと思っています
そんな悲しいものを自分だと思ってしまうのです


勇気というものは恐怖の中から自分を救い出す力です
本当の自分を愛する力です
偽りの自分自身を変える力です
本当の幸せを追い求める、その決意です
恐怖という本能を超える力が
なぜか人には備わっています
すべての人が等しく愛と勇気を生まれながらに持っています
愛と、それを目指す勇気という意思が
恐怖を超えたところにある、本来の人の本質です

満たされない心が泣きます
痛い痛いと、辛い辛いと、苦しい苦しいと
その苦しさに負けて、人は誰かを苦しめます
この世界では人は環境によって恵まれたりそうでなかったりします
恵まれなかった人が、満たされなかった心が
その苦しさの中で逃げ場を探して他者を苦しめます
わかってほしい、私の苦しみをわかってほしい!と
でも誰も人の苦しみはわかりはしません
苦しみを癒せるのは自分自身だけです
自分の中の勇気が、暗い恐怖を払い
自分こそが求めていた、探していた愛だったと気付きます
人は自分自身を見つけるために生きています


恐怖に囚われている心は本当のものが見えません
すべてが恐ろしく、すべてが信じられません
自分自身が信じられないからです
自分を信じられないということは、自分を愛せないということ
それはとても苦しいのです
幾度もの挫折と失敗が、人から勇気を奪います
恐怖の記憶が「それをしたらまた痛いぞ、苦しいぞ、やめろ!」と警告します
その先に待っている結果などわかるわけもないのに
本能が痛みと苦しみを避けようとします
でも、痛みと苦しみを癒す方法は、その自分の中の勇気を信じるしかないのです
それは乗り越えなければいつまでも人を苦しめるものだからです

人は慣れます。痛みにも苦しみにも慣れてしまいます
もっと辛い思いをするくらいなら、今の慣れた痛みを我慢した方がいい
でも、体は慣れても心は苦しみ続けます
心はいつまでも「私は本来の私でありたい」と求め続けるからです
これが生命というものです
生物とは恐怖という本能で維持され
生命とは幸せを求めるという本能で心を形作ろうとします
生命とは愛、愛とは肯定
生物とは恐怖、恐怖とは否定
恐怖は自分自身を許さないものであり
愛とは、ありのままの自分を許すものです
自分を許せない人に、誰かは許せません
自分を信じられない人に、誰かは信じられないのです
そしてみんな自分を信じたいのです
人は必ずそこに辿り着きます
苦しみというものは乗り越えるまで何度でもあらわれます
姿と形を変えて何度でも何度でも
その先にある幸せを人は求めずにはいられないからです
諦めてください
苦しみの中で生き続けることを、自分を信じずに生きることを
自分自身を諦めることを、諦めてください
何度自分を諦めたとしても、たとて自殺したとしても
それはまた必ず目の前にそのままの姿であらわれます
向き合って、その苦しみをやさしく撫でてあげてください
苦しみ泣いている自分を抱きしめてあげてください
その苦しみとの出会いは運命です
自分を諦めないでください
自分を信じてください


満たされない苦しみの中で

どうか自分を見失わないで

たとえまわりがどうであれ

あなたは最後に正しい道を選ぶから

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