宗教について第七回「仏教③ 憐れみと仏心」

仏さま(ほとけさま)という人がいます
お寺に飾ってある仏像、そのモデルとなった人を仏
その仏の精神、仏の心持のことを、仏心(ぶっしん)と言います

宗教に詳しくない方は仏さまと言ってもよくわからないかもしれません
仏さま、とは神さまではありません
人が精神的に成長・進歩・進化した姿を仏と言います
つまりは仏さまとは人のことです

仏さまの心、その精神のありかたを、憐れみ、そしてそれを仏心と言います
仏さまに物質的な身体は存在しないので
その精神、その仏心そのものこそ仏さまという存在です


では仏心(憐れみ)とはなんでしょうか
たまにドラマなどで「憐れみなんていらないんだ!」とか言う悲劇的なキャラクターがいます
ドラマの中でなくても「憐れみ」などかけられたくない
そんなもの自分のプライドが許さない、と言う人もいるかもしれません
でも、多くの人達がそもそも「憐れみ」というものが何なのか知りません
ただなんとなしにそんな言葉を聞いたことがあるくらいで
実際にその憐れみという精神状態を知らない、または知った気になっていることが多いです
あ!今、国語辞典や百科辞典、ウィキペディアを見ようとしましたか?
今回はそういうところに書いてあることの少し奥のことを説明します


憐れみとは同情です、これはなんとなくわかると思います
同情とは、相手の痛みや悲しみ・苦しみ・辛さに同調することです
では人はどういうとき、どういう相手に対して同情するのでしょうか?
人は愛する相手に対して、その愛の深度の分だけ同情します
愛していない相手に同情はしないのです
そんなことはない、別にそんな愛していなくたって同情くらいする、と思う人は
あなたはその人をそれなりの深度で愛しているのです、気付かないだけです
多くの人に同情する人は、多くの人を愛しているのです
たった一人の人をただ深く愛している人は、深く同情できます

なぜ同情、同調するのでしょう
愛されていても同情はしません、でも愛していれば同情します
愛するということ、自己の保身を考えない、そういう精神状態で
はじめて同情という想いが発心します


同情とは、愛する人の苦しみに対して発心します
それは「あーこの人はなんてかわいそうな人なのー」というようなものとは違います
それは「愛するあなたよ、どうか苦しまないで!あなたの苦しみはわたしの苦しみです!」
という想いです
相手の苦しみが我がことなのです
その人の心の苦しみが、自分の苦しみなのです
そう、自分の苦しみです
自分の苦しみなのですから、なんとかしたいと思うのは当然です
憐れみという想いは、相手そのものになることです
苦しみを分かち合うではなく、そのものになる、相手=自分になるということです

その愛する相手は、苦しんでいるもう一人の自分だということです
この想いを「憐れみ」と言います


仏心=憐れみと先に書きました
仏さまの精神とは、この「あなたは私、私はあなた」という精神状態です
想像してみてください
あなたが愛して愛してやまない人が、苦しんでいます
そのうえで、あなたの人生の中で一番辛く苦しい辛い思い出を思い出してください
そして、その愛している相手が、そのあなたの一番苦しい辛い体験を、今している
と想像してください
あなたは、どうしますか?

助けようとしますか?あなたが辛くて仕方なかった体験、それを覆す方法が思いつきますか?
辛い立場であったころ、あなたはその助けの手を素直に受け取れたでしょうか?
助けの手を出す相手をすぐに素直に信じられたでしょうか?
信じてまた裏切られるかも、と怯えずにその手を信じられたでしょうか?
苦しい、辛い、もういやだ、・・・その絶望の最中の愛する人を、、、

これをとてもリアルに想像できると、憐れみという想いの一端に触れられます
「助けないと、助けなきゃ、なにがあろうと、どれほどの犠牲を払おうと、必ず助ける!」
この絶対的な想いを、憐れみ、そして仏心と言います

すべての仏さまは、この「どれほどの犠牲を払おうと愛する人を救う」
という想いだけを持って存在する人です
正確に言うならば、その想いそのものです

苦しみを持つ人を救うことはとても難しいです
お腹がすいている人の苦しみを救うには、食べ物をあげればいいでしょう
一時ですが救うことができます、ですがその先にもまたさまざまな苦しみがあるでしょう
様々な物質的な問題ならば解決法がわかりやすく、また満たす方法もわかりやすいです
決して簡単にすべての問題が解決するわけではありませんが
それは現実的に目に見えてわかりやすいものです

本当に難しいのは愛に飢えた人を救うことです
仏さま、仏心が救う最大の目的はこれです
たとえば
あなたの愛する人がお腹が痛いと言いました、とても苦しんでいます
あなたはどうしますか?
慰めますか?お腹をさすってあげますか?
現代の人ならばお医者に見せて、病気の原因を探してもらい、正しく薬を処方してもらい
それでお腹が痛いという苦しみからその人を助けようと思うはずです
でももし、その相手が「お腹が痛い、でもお医者には行きたくない!」と言ったらどうしますか?
その人はお医者は悪いところで、お腹を切って自分を苦しめるとこをだと妄信しています
あなたはきっと説明するでしょう、一生懸命に理由を説明するでしょう、でも相手は聞きません
怒りますか?頭の悪い理解力の無いその相手を、愛する相手を。。。
さっきも書きましたが、その人の苦しみを自分の一番の苦しみだと想像してください
怒りますが?あなたが苦しんでいるとき「なんでそんなこともわからないんだ、このバカ!」
と言われて、あなたは素直にそれを聞き入れますか?。。。そう聞き入れるわけありません
だって相手も自分の考えが正しいと思ってるんですから
ただ、一途に、必死に、わかってくれるように、あらゆる手段を使って、ひたすらに忍耐強く
相手が自分の言うことをわかってくれるよう、何度も何度も何度も何度も、、、言い続けるしかないのです
ただ抱きしめる、抱きしめ続けるしかないのです
相手は苦しいと泣き続けます、でも医者はいやだと言います
忍耐強くそれでも愛する人を助けたいとあなたは努力します
あなたの精神は磨り減るでしょう、怒りや憎しみ、悲壮感や無力感、報われない想いが
あなたを執拗に苦しめ、あきらめろ、あきらめろ、もうどうにもならないよ、と暗い声が聞こえるでしょう
こんな奴は放っておけ、もっと普通の奴にしろ、見捨てろこんな奴、と囁くでしょう
でも、あなたはその人を愛しているのです
諦めるなんてできません
助けたいのです、自分と同じ苦しみのその人を
泣いているその人は、泣いている自分なのですから

腹痛で書いていますが、これは心の闇についてのものです
愛に飢えるという精神の根本的疾患は、治すのは不可能に近いです
治癒する方法はただ一つ、愛されることと愛することだけです
ですが一度いびつな愛で育った人はいびつな愛を自分に必要な愛だと錯覚します
それは錯覚ですが、それしか知らない、それで育った人にはそれが愛です
錯覚の愛でないものを愛だと妄信して求めて、また傷付き、そして同じ方法で相手を傷付けます
いびつな愛を持つ同士で惹かれあい、お互いを傷付けながら愛の錯覚に迷います
どちらも自分が病気だなどと気付きません、錯覚してると気付かないのですから
ほとんど多くの人が、この精神的疾患を治そうとはしません
それを個性だと思い込み、原因を見ないふりをし、そして、、、そのすべてを子供に擦り付けます
自分が親からされたように、苦しみの根をまたわが子に擦り付けるのです
愛する、わが子に、、、そして苦しみは連鎖しつづけます

誰かがどこかでこの連鎖を断ち切らない限り、症状は重篤化して引き継がれていきます
本当に、愛する人を愛そうと決意した人だけがこの連鎖を切ることができます
「絶対に助ける、愛する人を、なにがあろうと救ってみせる。どれほどの犠牲を払っても!」
この想いを憐れみであり、仏心と言います

仏さまとは、ただひたすらに愛を行う人です
どれほど傷付いてもそれをひたすら行う人です
報われない苦しみも、ただ救うという目的のために耐えます
愛する人を救うこと、それを達成する以外のことは視野にありません
救うまでやりつづける、それが仏さまであり、仏心という「人の愛」です

仏さまとは、人の中にある愛であり

仏心とは、目覚めた人のゆるがぬ愛です








多くの人がわが子を愛しいと言います
ですが、わが子のために本当に我が身すら捨てて
どれほどの犠牲を払ってでもわが子を幸せにしたい、と
想う人、実行する人は皆無です
とくに普通に暮らせる人はそれに気付きません
子供が大病になったり、問題を抱えて苦しんだとき
まれにその想いに気付き、本当の意味での愛することに目覚める人もいます
ですが、多くの親はそれに気付きません
わが子が、賜りものである、という事実に気付けません

西洋にしろ東洋にしろ「子供は親の所有物」という時代がありました
それは人の精神の進化段階としては仕方の無いことではありました
ですが現在でもその精神段階から抜けられない人は多いです
子供だけではなく
愛する人はすべて賜り物です
授かったものです、感謝して預かるものです
出会えたことに感謝するものです
いつか必ず別れるのですから
そのときまでに精一杯の想いを手渡してください
自分を守らないで、傷付くことを恐れないで
あれをしておけばよかった、これもしておけばよかった
そう思う前に、今それをしてください
出会いは運命という必然の奇跡です

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