ジブリの最後の映画

「風立ちぬ」を見ました

一年前に映画館で「かぐや姫の物語」も見ています

この二作は日本を代表するアニメーション監督

宮崎駿と高畑勲の最後の作品になるものだと思います



風立ちぬ、なんでだかあまり見たいと思っていませんでした
ハッピーエンドは望めないと最初からわかっていたというのと
宮崎駿という人が自我全開で挑んだという評価がされていたので
なんだか気持ちよく見られない気がして見ていませんでしたが
見てみれば、とても面白く感動的な映画でした
個人的に
主人公がプロポーズするときに「100年でも待ちます」というところは好きでした
飛行機作りと第二次世界大戦というものがテーマになっているかと思いきや
完全に単純なラブストーリーだったのは意外でした
淡々とした正確で、でも情熱に溢れる主人公は好きでした
ヒロインはちょっと男性側の理想を体現しすぎているようにも思えますし
そういうのを嫌う女性もいるのじゃないかと思いますが
これもまた女性の一側面としてあるだろうと思います
どちらも共感は難しいと思います
命を越え、生きる意味にまでなる恋など
そんなものに出会える人間はまともな世界を生きてはいません
まともな、と言うと少し違うかもしれません。平均的、と言いなおすべきかもしれません。
そんな恋をしたい、という人間を私はあまり見たことはありません。
夢を追う人にだけしか、そういう世界は見えません
夢とは何なのかという疑問を持つ人もまた少ないでしょうが
夢とは、生きる意味です



かぐや姫の物語、これはCMを見ただけで震え上がりました
即座に映画館に見に行って震え上がって、さらに泣きました
最終作に自我全開の作品を持ってきた宮崎駿に対して
最終作にひたすら見る人のために描いた高畑勲という人が私はとても好きです
純粋にかぐや姫のお話を忠実に描いたのに
メッセージ性を限りなく省いているようで、すべてメッセージでできているようにすら思える
あくまで個人的な感想ですが
この監督はわかってもらえないことを、きっと苦しいと思っていたのではないかと思います
高畑監督の作品はとても現代人へのメッセージ性が強いものばかりです
ただそれがどれも重く受け止めづらく、宮崎監督のように売れる映画になりませんでした
わかる人はわかるけど、わからない人からすればつまらないだけ
とある作家の言葉で「見る側にも、見る力というものが要求される」という言葉があります
誰にでもわかる娯楽性を追及する宮崎監督と違い
静かな美しさ、日本的美など、商品としてうまくいかないものを作りがちな方だったと思いますが
最後の最後で大衆性と美のちょうど良い最高のバランスの作品をお作りになったと思います
売れる、という意味ではなく、誰が見てもきっとなにかしらに共感できる、そんな映画だと思います
映画としての救いの無さでは風立ちぬを越えるので薦めづらいというのはありますが
正直に生きるということの難しさや、理解者のいない苦しさや
正しさというものを見る目とは何なのかとか
ただ心苦しく、現代社会の罪をそのまま描いたようで、そして美しい映画だったと思います
女性をよく現実主義で冷たい、などと論ずる人がいますが多分あれは間違いです
女性は、環境に著しく左右されやすい身体的特徴がある、というのが多分正しいです
環境さえ整えば女性はどこまでも美しくなります
それができるのはその女性を愛する人だけでしょう



どちらも感動的な映画でした

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