宗教について第5回 「心・意識① -天国と地獄-」

心について

心、精神、そして意識。
これらが何であるかいまだに科学は解明できていません。
ダーウィンの進化論ではもっとも環境に適した生物が生き残っていくと言われていますが
この進化論ではそもそもなぜ生物が進化するのか?進化という現象は何なのか?
人が生き残るために知恵を発達させたというのはわからなくはないですが
人間がなぜ生物の本能を超えた心を持ったのかは説明できていません。

心は、意識は、主観しか無いゆえに、比べる手段が無く、観測もできず、証明もできないのに

今ここにあります

宇宙の謎、生命の謎、進化の謎、誕生の謎、法則の謎、
これらと同レベルに存在する心というもの
誰しもが当たり前のように思っているけれどまったくわからないもの
この心について、宗教真理的視点から書こうと思います。




みなさん天国と地獄というものを信じますか?
悪いことをしたら死んだあとに地獄に落ちる
良いことをしたら死んだあとに天国に行ける
不思議なことにこの考えはキリスト教にも仏教にも
その他さまざまな宗教にある考え方です。
どこかが元ネタとなって広まったようにも思えますし
宗教の戒律を守らせるため、人にモラルを守らせるために
考えられたものと思っている人もいるのではないかと思います。

率直なところで言うと、この天国と地獄というのは勘違いから生まれた考え方です。
天国と地獄というものはありません。無いです。
ですが、死後の世界というものはあります。(私は見たことは無いですが;)
この死後の世界についての勘違いから天国と地獄というものが生まれました。
宗教において、これまたなぜかほぼすべての宗教が死後の世界はあると語っていますが
この死後の世界とは、精神の世界、心の世界のことを指します、
なんじゃそりゃと思われるかと思いますが
科学的に言うと、私たちの住む「3次元」のこの世界が現世
これより高位次元「4次元以上」の世界を心の世界と言います。
そして昔の人はそれを霊界・天界と呼びました。
知ってる方もいると思うけっこう有名なことで
「低次元のものは自分より高次元のものを感知することはできない」と言われています。
これは2次元(平面)世界からすると3次元(立体)世界を認知も感知も理解もできないということです。
幽霊やお化けと言ったものが触れられなくてどこにでも出てきて壁も通り抜けて時間も空間も無視してる
というのは誰でも知っていると思います、私たちから見たら理解などまったくできないものですよね?
私たち3次元(立体、そして物質の法則に縛られた世界)にいる存在は
高次元(4次元以上、立体や物質に縛られない世界)を感知できる感覚器官がありません。
観測できないから感知できない、触れられない、それらは高位次元の存在だからです。

どの宗教でも共通しているのはこの高位次元が存在していて
人間の肉体は死んでも、心(意識)は高位次元に行ってまたその先がある、という点です。
この心の世界というのは、まさにその名前のとおり心(意識)のみの世界です。
高位次元ですので3次元の物理法則(現在の物理学)がすでに存在しません。
物質が無い、正確に言うと物質が関係ない、影響を及ぼせない世界です。
この心の世界は物質の法則に縛られません、そのため物質的な死がありません。
お腹も減りませんし、体を休息させる睡眠も必要ありません。体が無いですから。
空間の制約もありません、移動に時間がかかるなんてありません。壁など関係ありません。
夢を見ている状態が普通の状態、みたいに思ってもらえるとわかりやすいかもしれません。
現実では不可能・奇跡と思われることもできる、そんな世界がこの高位次元です。

何でもできる、どこへも行ける、3次元と比べると物質に縛られない圧倒的に開放されて自由な世界。
ですがこの心の世界にもルール(法則)はあります。
この心の世界の特徴は、嘘がつけない。その人の心(意識)を完全以上にそのまま反映するということです。
物質の制約が無く、束縛が無いぶん、心がむき出しで心しか無いので制限が無いのです。
ここまで来るとわかる方には天国と地獄の意味がわかってもらえるかもしれません。

誰かを恨んだり、妬んだり、怒ったり、憎んだり、悲観したり、絶望したり
それらすべてが一切の制限無く完全以上に自分に襲い掛かる世界。
自分の意識が作り出した自分の鏡、これが「地獄」です。

誰かを愛したり、慈しんだり、敬ったり、大切に思ったり、自分を信じたり
それらすべてが一切の制限無く完全以上に自分を包んでくれる世界。
自分の意識が作り出した自分の鏡、これが「天国」です。

この意識の世界はまさに現実の死から地続きで繋がっています。
死んだそのときその状態からスタートします。
心がそのまま反映されます。
たまに「死んで楽になりたい」と言う方がいますが、無駄です。
死んだあともその苦しみからは逃げられません。
その人の意識がそこから脱しない限り、死後何百倍にもなって襲い掛かってきます。
そして、そこでは死ねません。逃げられないのです。
この意識の世界は喜びも何百倍にもなりますが、苦しみも何百倍にもなります。
現実でも心の痛みは体の痛みよりも重症化する、と言われていますが
この意識の世界ではそんなレベルのお話では無く、まさに天国か地獄かと思うほどの状態になります。
なら自由に意識を変えればいいじゃないか!と思われるかもしれませんが
人が意識を変えるということがどれほど難しいかを、人はそこで知ることになります。
現実世界で悪いと思いながらもやめられないwなどと多くの人が言います。
他人を妬んだり貶めたりは悪いこと、わかっていてもそれを全部捨てるなんて到底できません。
そんなことをして幸せな気持ちになれるわけでも満たされるわけでもないのにです。
愛する人を心の底の底から信じることすら、人は難しいのです。
信じられないという恐怖、自分を偽りたい、隠したいという恥。他人が妬ましい気持ち。
意識の世界では何一つ隠せず、そしてそれらの恐怖と不安がダイレクトに襲い掛かってきます。
この恐怖をほんの少しでも自覚したことのある方からしたら、まさに発狂するほどの地獄だとわかってもらえると思います。
現実世界のように隠せません、自分を騙せません。忘れることもできません。
意識の世界とはそういう場所です。


キリスト教でも仏教でもこのことはしっかり説明されていますが
それを勘違いした人達が「悪いことをすると永遠に苦しむ地獄に落とされる」
などと勘違いをした結果が天国と地獄というものになりました。

あくまで宗教真理的なことなのでこれらの証明となるものはありません。
私自身も霊感などまったく持っていないので見たこともありません。
なので、宗教であの世とかいうのはこういうことを言いたいんだよ、くらいで読んでもらえるとよいのではと思います。


現世で行ったすべての行いは、心に記録されます。
忘れることも無かったことにすることもできません。
自分は自分に嘘をつけない、とはこういうことなのだろうと思います。
嘘をつく必要は無いのです、嘘は裏切られるかもという恐怖から生まれます。
そのままのあなたがいいのです、そのままのあなたを私は大好きです。
心に嘘はつけません。

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