ゆきおおかみ少年 - まっくらやみのせみ -

あれからしばらくして彼は雪山にいました。
自分で雪穴を掘りそこでじっとしていました。
前に眠っていた穴が心地よくて好きだったのですが
なぜかその穴は見つけられず自分で穴を掘ったのです。
自分で掘った穴は雪も冷たく土もドロドロで居心地は良くありませんでしたが
どんなに工夫しても前の穴のように心地よい場所にはなりませんでした。

彼は眠りたかったのですが
外から入ってくる太陽の光がまぶしくて眠れませんでした。
穴の外側に背中を向けても眠れませんでした。
太陽の光はまるで彼の背中を撫でるように射し
彼はとてもムカムカイライラしました。

少しでも太陽の光から遠ざかるために彼は穴をさらに掘り始めました。
もっと深く穴を掘れば光は射し込まないはずです。
彼はムカムカイライラして穴を掘っていきました。
ずんずんずんずんと掘り進んでいきますが
太陽の光はそれでも穴の奥まで細く届いてきます。
太陽の光はもう彼の背中には届いてはいないのですが
それでも彼は穴の外に見える小さな光が気に入りませんでした。
まっくややみがよかったのです。
まっくらやみならきっと気持ちよく眠れるはずなんです。
彼は穴を下へ下へを掘りはじめました。
それでも穴の曲がり角に光が見えるので
下へ奥へ下へ奥へとグネグネと穴を掘りました。
どんどんどんどん掘り続けで、気付けはそこはまっくらやみでした。

彼は大喜びで高々と声を上げて笑いました。
彼の笑い声は小さな穴の中で彼のまわりに響くだけです。
ひとしきり笑い転げたあと、彼はまたじっとしていました。
ずっとじっとしていました。彼は眠れなかったのです。

眠れないとお腹が減ってきます。
彼はお腹が減っていました、お腹が減っていましたが
食べるものが無かったので眠ろうと思っていました。
でも眠れないのでお腹が減って減って仕方が無いのです。
彼は自分の手をガリガリと噛むようになりました。
それでもお腹は減って仕方ありません。
だからまたガリガリと噛みました。
いつからか手はよだれと傷でボロボロになっていました。
それでもやっぱり眠れませんでした。

お腹が減りました。もう我慢できません。
彼の目はまっくらやみの中でもわかるくらいにギラギラして
食べるものを探しました。
そこらじゅうどんどん穴を掘って食べるものを探しました。
でも食べ物は見つかりません。
手はボロボロで痛かったですが、それよりもお腹が空いていました。
彼は夢中で食べるものを探して穴を掘っていると
 
ポトッ

となにか小さいものが落ちました、
それはせみの幼虫でした。

せみなど食べたことはないですが食べられるかもしれません。
彼は思い切って食べて見ようと口を開けると
「ちょっと待ってください」
と声が聞こえました。
前を見るとそこには待った!と両手を挙げているせみの幼虫がいました。
「わたしを食べるのを待っていただいてよいですか?」
とせみが言いました。
「わたしはあと半年ほどで成虫になります。どうかそれまで食べるのは待っていただきたい」
とせみは言いました。
彼はせみと話すのははじめてだったのであっけにとられてしまいました。
せみは
「あと半年して成虫になり、目的を果たしたらまたここへ戻りましょう。そしてあなたに食べられます。なのでどうかあと半年待っていただきたい。私たちせみは成虫になれば一月の命です、死ぬ前に戻りましょう」
せみという虫はまっくらやみの土の中で7年も幼虫でいて
成虫になったら一月で死んでしまうのだとせみは彼に話してくれました。
でも彼はお腹が空いていました。
なんでもいいからお腹に入れたい、そう思っていました。
今食べたいのです、今、食べたいのです。我慢できないのです。
それを見たせみは、彼をじっと見つめ、大きく息を3回吐き出したかと思うと
しずかにこう言いました。
「私たちせみは詩人です。いつかこのまっくらやみを出て愛する人に詩を届けることがわたしたちの願いでした。7年の間、ずっとずっとそのことだけのために詩を作ってきました。何度も何度も作っては消し、満足したものができたかと思ってはまた消し、愛する人のために詩を作ってきました。まだ見ぬ愛する人の幸せな笑顔を願ってただそれだけを形にするために詩を作ってきました。わたしたちせみはみなそのために生まれてきました。・・・この詩をあなたに託します。この詩をまだ見ぬ私の愛する人に届けてください。そしたらあなたに、今食べられましょう」
せみは真っ直ぐと彼を見つめながら言いました。

彼はせみに一枚の葉っぱをわたされました。
それにはたくさんの文字が書いてありましたが
そのほとんどがばってんで消されていました。
その文字の最後のほうに

くらやみのなか あなたに出会う日を ずっと待っていた

あなたは私の光 また太陽である

わたしはあなたを 愛している

という部分だけ消されていませんでした。
彼はその言葉の意味がよくわかりませんでした。
ですがせみがじっと真っ直ぐに彼を見ているので
なんだか心がソワソワしてどうすればいいのかわからなくなりました。
彼はそっとせみを持ち上げ、もとの土の中に戻しました。
寒くないようにと念入りに土をかけました。
そのときせみは見えなくなる少し前にこう言いました。
「・・・ありがとう!あなたのその勇気を私は詩にして語り継ごう。私の愛する人へ、また子孫たちへ。己の死を恐れず、恐怖に屈せず、苦しみに負けなかったあなたを。私は語り継ごう」

彼はまたせみが掘り出されないように土をたくさんかけたあと
また穴を掘って下へ下へと潜り始めました。
せみのことは忘れるように、忘れるようにと、思いました。
思い出してまた食べたくなってしまってはいけないと思いました。
そのためにもっと穴を掘り続けました。
彼はなぜそう思ったのかは考えませんでした。

そのときの彼はお腹が減っていることを忘れていました。

彼はまた下へ下へと穴を掘っていきます。

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