宗教について第二回「仏教①~悟りと解脱~」

仏教徒でも僧侶でもないですし、仏教の歴史も宗派すらよくわかりませんが
私なりに仏教というものをわかりやすく書いてみたいと思います。

「仏教」と言われますが本質的なことを言えば「仏道」と言うのが多分正しいものだと思います。
たしかに開祖仏陀(ブッダ=お釈迦様)が説かれた教えを学ぶことが仏教というものなのですが
そのブッダは弟子たちや教えを乞う人たちに対して
「自分でその道を進みなさい」と言っています。
誰かに言われたからそうする、それに従うというのではなく
自分で考えて、学んで、気付いて、自分で自分や誰かを救う道を探しなさい
というのがブッダが伝えたかったことだろうと思います。
なので「教え」ではなく「道」というのが本当は合っているのではと私は思っています。



仏道の考え方の究極は「悟り」を開き「解脱」をすることです。
これをものすごく簡単に言うと
「ものごとの仕組みを理解して」「自分のやるべきことをしよう」ということです。

まったく意味がわからないと思われるかもしれませんが
仏道の考え方の基本は
「正しいものの見方をして、正しく判断し、正しく行う」ということです。
正しくものを見るには勉強したり考えたりしなければなりません。
勉強したとしてもその参考書が本当に正しいのか?それも考えねばなりません。
多くのものを見て知って自分の中でそれを差別せず正しく理解すること。
これを「悟り」と言います。

人は個人の立場や感情でものごとを歪めて見て認識してしまう生き物です。
たとえ正しいことを言っている人がいても、その人の言っていることが自分の都合に悪いと、人はその人を嫌いになり、そして歪んだ視点から見た歪んだ認識で批判し自己防衛に走ります。
これはとても悪いことをしているように見えますが、ほぼすべての人間が毎日していることです。

このときに出る感情が「怒り」です。
怒りは防衛本能であり、恐れと不満から発生します。
この怒りは人を苦しめる元凶、煩悩と仏道では呼ばれているものです。
本当に欲しているものが得られず飢えて苦しむ状態、なんでもいいからこの苦しみから逃れたい。
この苦しみを一時でも埋められるものが欲しい、欲しい、、、これが煩悩というものです。
欲しいものが得られないから、その代替品として別に無くてもいいものが欲しいのです。
買い物依存症の人や、薬物依存症、仕事依存、他者への依存、自分への不信
他人の批判がしたい、下手なことした奴を笑いたい、バカにしたい、
自分より下だと認識できる相手を見るとホッしたい。。。みな大小はあれど怒りと不満であり、煩悩です。
確立されていいない自己、無知と弱さから来る怒りと不満という煩悩。
一度火が点くとなかなか消せず燃え広がる、煩悩の火というものです。

この煩悩が物事を間違った認識として人に見せます。
怒りは誤解を生み、不安は不信を生み、恥が嘘を生み
物事をありのまま見ることを拒絶してしまいます。
正しく認識できなければ、それは目を瞑っているのと同じです。
目を瞑っていれば見たくないものを見ずにすみますが
見たいものも見えません、探し物も見つかりません。本当に欲しいものが見つけられないのです。
目を開き、苦しみを受け止め、正しく認識し、咀嚼し理解する。
正しい理解は自信を裏打ちし支えます。
地球はまるいですね、でも数百年前は地球がまるいなどキチガイが言うことでした。
でも正しかったのは地球がまるいと言ったそのキチガイよばわりされた方でした。
その時代の人は無知な上にひどいことをしましたね。
でも、それと同じことを数百年後の人類に私たちも言われる可能性はあるのです。
ありのまま見ることは難しいのです。
無知ゆえに理解できず、理解できないことを拒絶し排他し安心したいという弱さ。
それを覆い隠すために怒り、無根拠な正当性を訴える。
目を瞑って、見ない聞かない。多くの煩悩は根は無知さです。

この怒りの火を無くすために、煩悩を無くすために
正しい見方を学び、考え、正しいあり方を理解し無知から脱する、これが悟りです。
そして悟りは解脱をするためのプロセスです。


次に「解脱」です。
悟りくらいはなんとなく言葉の意味だけでわかるような方も多いと思いますが
この解脱に関しては多分多くの方が意味がわからないことだと思います。
簡単に言うと「輪廻から脱する」ということです。

輪廻とは何度も何度もさまざまなものへ生まれ変わりが続くことです。
生まれ変われるならいいじゃない、脱してどうするの?
と思われるかもしれませんが、仏道では生きることは苦そのものなのです。
そんなことはない!生きるとこは素晴らしい、と言いたくなるかと思いますが
「生きる意味、命の意味を理解せず、目的を達成しなかった者」が輪廻するのです。
生きることは素晴らしいことです、、、ただ「目的を達成した人生」は素晴らしいです
達成しなかった人生は空虚なのです。

人は本当に欲しているものを実は常に探し続けています。
この探し求めることが苦であり、輪廻なのです。
それぞれが捜し求めているものが見つからない限り輪廻はつづきます。
無限につづく輪廻、見つからない限りつづくのです。
なぜ仏道において人生は苦なのか?
苦を超えた先にしかその人が本当に欲しいを思うものは無いからです。
本当に欲しいものだけがその人を完璧に満たすものです。
それ以外はすべて苦なのです。人生は苦なのです。
でも苦に立ち向かいそれを乗り越え、本当に欲しいものを見つけることが出来たら
苦は終わるのです、もう輪廻する(探す)必要は無いのです。
輪廻から、苦しみから、脱するのです。
この「命の目的」を達成することが仏道の究極であり目的、悟りの先の解脱になります。



苦しみから苦しみが連鎖します。
怒りから怒りが連鎖します。
寂しさから寂しさが、
恐怖から恐怖が、
不信から不信が、連鎖します。
連なる鎖のように人を縛るものです。

苦しみから脱したい、脱してもらいたい
憎み合わないで、信じ合いたい
恐れないで、愛し合いたい
負けないで、逃げないで、後悔しないで
あなたを笑顔にしたい
わたしもそれを見て笑いたい

どうすればそれができるか
なぜそれは実現できないのか
仏道はこれを探す学問であり、旅です。

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