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今後出てくる予定のサブサブキャラクター3人の落書きです。



最近いろいろ本を読んでおもしろい小説があったのでオススメします。
どれももんのすごい有名ですが・・・
童話でミヒャエル・エンデの「モモ」と「はてしない物語(ネバーエンディングストーリー)」
胸に突き刺さる、心をえぐるような表現とメッセージ性に言葉を失います。
どちらも頭を真っ白にされるほど衝撃を受けて感動しました。

本を読んでそこから何を引っ張り出してくるかは読んだ人次第なので
面白いと思う部分はそれぞれだと思いますが、他の方がどう読むのかは聞いてみたい気がします。
読み方、捉え方、受け取り方、読み解き方、心が受け流したもの、心に残ったもの、
それらを分析すると、その人の傾向が見えてくるのは嬉しいです。
インプットに対してアウトプットが多い人が好きです。
アウトプットが多い人は、それだけ感受性が強くかつ自己分析能力の高い人です。
そういう人と話すと心が安らぎます。

自分の予想以上・期待以上の返答が返ってきたときは胸がふるえます。

でもそれは逆に考えると
私がその人に対して期待どおりまたは期待以上の返答ができないとき
その人はきっと退屈で、そして落胆した気持ちになっていたんだろうということです。

・・・つづく

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この記事へのコメント

やざき(管理人)
2013年01月13日 14:14
そのとき欲しいと思っているものでないと、たとえそれが貴重なものであったり、後々必要なものであったりしたとしても、人は嬉しいと感じられないものでしょう。
「欲しいもの」と「与えられたもの」が一致していないと、人は喜びを感じません。

相手が何を欲しているのかを感じ取れればいいのですが、それはとても難しいことです。
これを欲しがっているに違いないと思い込むことは簡単で誰にでもできますが、本当に相手が欲しているものとなると、その相手すら実のところ理解しておらずわからないことが多いです。
「思いやり」と人はよく言いますが、多分本当に相手を理解したいなら(理解し合えるということは多分無いのですが)、相手を傷付けない方法は無く、その思いが深ければ深いほど、本当であればあるほど、自分も相手も痛いものなのではないかと思います。

勇気というものがあるならならそれは、「自分が傷付くことを恐れない」ということではなく「自分が愛した相手を自分で傷付けること、そして相手が立ち直るまでそのケアをやりきる覚悟」のことだろうと思います。

愛した相手を傷付けるということ。
敵意と拒絶への恐れで手も胸も震えます。
自分が間違っている可能性が恐ろしくて声すら出ません。
でも、一度の人生ですらか。
命を捨てるならばそのくらいのもののためにしか使えないでしょう。
満足する人生の終わりを、自分と、相手に、手渡したいです。

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